歯科の麻酔に関して

歯科の麻酔に関して

歯科の麻酔に関して

気が付いたら桜が見ごろな季節になりましたね。今週来週あたりがピークだと思うのでぜひ皆さんおたちよりください。

さて今回はまじめなお話。2017年に歯科医院で2歳の女の子に麻酔を行った際、リドカイン中毒にて亡くなった裁判で、歯科医師に有罪判決が出たというお話です。まず何より亡くなったお子さんに心からのご冥福をお祈り申し上げます。それで今回取り上げたいのはこの善悪についてではなく、裁判長の発言

訴えを軽んじ、歯科医師として通常の注意を払えば気づけたはずの異変を見落とし、本来助かったはずの幼い生命を失わせた

の「歯科医師としての通常の注意」に関してフォーカスしたいと思います。というか僕自身が歯科医師としての通常の注意ができているのか、復習を兼ねて、歯科の麻酔による偶発症についてもう一度勉強したいと思います。

局所麻酔薬における全身的偶発症には大きく4つがあります。

①神経性ショック

②過換気症候群

③局所麻酔アレルギー

④局所麻酔中毒

になります。それではひとつづつ解説していきたいと思います。

①神経性ショック

通称デンタルショックなんて呼ばれたりします。歯科の麻酔を行って起こる一番多い偶発症です。これは極度の緊張や不安の状態で、強い痛みが加わることにより迷走神経反射がおこり、心拍数、血圧が低下し、めまいや意識喪失などが起こる症状を言います。症状をくわしくいうと、まずは顔面蒼白、冷や汗、周囲への無関心、四肢の無力感、嘔吐から始まり、徐脈、血圧の低下が起こり、意識喪失へとつながります。対処方法としては体を横にして、必要であれば酸素吸引を行うことでゆっくりと回復することが多いです。しかし、血圧低下や徐脈が起こるステージまで行ってしまうと薬剤の投与が必要になるので救急車を呼んで対応することになります。

②過換気症候群

過呼吸ともいわれています。これは何となく聞いたことがある方も見えるのではないでしょうか?これは上の神経性ショックと似ていて極度の緊張や不安から過換気を起こしてしまうことから発症します。原因としてはざっくりいうと、いっぱい呼吸すると血中の酸素が増えて二酸化炭素が減ります。二酸化炭素は酸性なので実質的に血液の中がアルカリ性寄りになってしまいます。アルカリ寄りになると、血管が収縮するのと、血液の中のヘモグロビンが酸素をより使ってしまうことによる意識混濁、めまいなどが起きます。症状を詳しく言うと、口の周りのしびれや、手足の知覚異常、硬直、けいれん。心血管系だと頻脈、不整脈、腹痛などがあります。対応としてはゆっくりと落ち着いて呼吸することが大切になってきます。とてもつらい症状なので死ぬのかもしれないという不安がまた悪循環になってしまうことが多いのでとにかくゆっくりと落ち着いてもらうことが最優先になります。

③局所麻酔アレルギー

アレルギーには一型から四型までありますが、重篤な症状が出るのが一型アレルギーのアナフィラキシーショックになります。これも皆さん聞いたことがあると思いますが蜂に刺された時のやつです。子のアナフィラキシーというものは、普段は体を守ってくれるIgEといういい奴が、アレルギー物質(今回は麻酔薬)が体内に入ることにより過剰に攻撃物質を体内にばらまいてしまうことによる症状です。症状としては、皮膚には蕁麻疹や紅斑、呼吸器系には気管支喘息、呼吸困難、胸部圧迫感、消化器系には腹痛、下痢、嘔吐、そして循環器系には頻脈と低血圧、顔面蒼白、動悸、不整脈などがあげられます。対応としてはまずは救急車です。アナフィラキシーは一刻を争うのでまず最初に救急車を呼びます。その後、モニタリングを行い、アドレナリンの筋注、酸素吸引、ショック体位、AEDの準備を行います。AEDはパットを貼れば心電図を図ってくれるので頻脈なのか不整脈なのかもわかります。おそらく歯科医院でできることはこれくらいになるのでこれ以上は救急の方にお願いすることになります。

④局所麻酔中毒

今回亡くなった症状がこの局所麻酔中毒になります。この局所麻酔中毒は局所麻酔薬の過剰投与による中毒症状になります。症状としては興奮、多弁、めまい、頭痛、耳鳴り、顔面紅潮、悪心、嘔吐から始まり、血圧上昇、頻脈、頻呼吸となり、悪化すると顔面、四肢のけいれんから全身のけいれんに代わり、意識喪失、血圧低下、徐脈、呼吸の停止となります。初期段階では酸素投与、安静により落ち着きますが、血圧の上昇や頻脈、けいれんが起こると一般的な歯科医院では対応ができず、救急車を呼ぶことになります。

以上が局所麻酔を行った際に起こりうる偶発症です。上から起こりやすい順に書きましたので、今回亡くなってしまった原因の局所麻酔中毒は偶発症の中で最も起きにくい症状だったとも言えます。

今回の事件で実際のことは当事者にしかわからないのでコメントは控えますが、裁判長の「歯科医師としての通常の注意」とはいったいどこまですれば罪に問われないのかがとても気になります。

私たち歯科医師は一日に数回から数十回局所麻酔を行います。大体皆さんがトイレに行く頻度と同じくらいではないでしょうか(数十回は多いかな?)。そのたびに上記のような偶発症が起こるかもしれないという想定をしながら行動することが歯科医師としての通常の注意なのかな?と僕は想像しました。

人を殺したくて局所麻酔をする歯科医師なんていません。人を治したくて局所麻酔をするんです。それだけはわかってくださると助かります。それではまた。

                      歯科医師 河合鮎樹

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